究極の電源回路シミュレータに向けて
Scideam/SCALE開発者の中原氏に聞く
非線形特性への対応は完了、次は最適化機能
純国産の電源回路シミュレータ「Scideam(サイディーム)/SCALE(スケール)」。
現在、日本国内の電源技術者を中心に広く活用されています。
特徴は、「高精度、高速、高安定(発散しない)」という三拍子がそろっていること。
開発者である中原正俊氏が独自に考案した「自動可変ステップ時間アルゴリズム」などの適用で実現しました。
同氏は2018年に崇城大学からスマートエナジー研究所に転職。現在は、同社で電源回路シミュレータのさらなる改良に取り組んでいます。最近の成果としては、非線形特性に対応することでスッチング損失の算出を可能にしたこと。だが、ここがゴールではないという。
同氏は、さらなる改良のアイデアを温めています。
そこで今回は中原氏に、最新の損失解析機能の詳細に加えて、今後取り組む改良点などについて聞きました。
Interview
スマートエナジー研究所との出会い
―――2018年に崇城大学からスマートエナジー研究所に転職した理由を教えて下さい。
中原 電源回路シミュレータの開発には、膨大な時間が必要だからです。大学で助教授から教授に昇進してから、ずっと忙しい状態が続いていました。このため、電源回路シミュレータの研究開発に取り組む時間を十分に確保できない。その一方で、その時点では改良すべき点がいくつか残っていました。これらの改良を完遂せずに、研究生活を終わりにしたくない。でも時間が取れない。非常に悩んでいました。
―――ほかにも転職の理由があったのですか。
中原 はい。理由はもう1つありました。それはユーザーインターフェース(UI)の開発に関するものです。「SCAT(電源回路シミュレータの初期名称)」では、数値演算とUIを別々にライブラリ化していました。このうち私のやるべき仕事は数値演算だと思っていたので、この改良に集中して取り組みたかった。しかし、1995年頃に計測技術研究所がSCATの販売を始めると、UIに対する要望がユーザーからたくさん届きました。これは私の手には負えない。誰か得意な人に設計/開発してほしい。そう願っていましたが、誰も手を挙げてくれません。
そうした状況が比較的長く続いたのですが、2017年にスマートエナジー研究所から「UIの開発をお手伝いしましょう」というオファーをもらいました。これで私が採るべき道が決まりました。思い切って転職し、本格的に開発に取り組もうと決意しました。
―――なぜ、スマートエナジー研究所からオファーがあったのでしょうか?
中原 スマートエナジー研究所の社長である中村創一郎氏の父、中村良道氏と知り合いだったからです。中村良道氏は分散エネルギーシステムなどの開発者で、出会った2009年頃はスマートハウスの開発を手掛けていました。その同氏から「スマートハウスでは電源のシステム化が必須であり、シミュレーションが必要不可欠。そこでSCATを使いましょう」と話し掛けられ、意気投合しました。
その後、自動車業界で採用されているモデルベース開発の手法を電源システム開発に持ち込むために、米MathWorks社の「MATLAB/Simulink」にSCATを協調させる機能の開発に協力してもらいました。そうした縁で、オファーがあったのだと思います。
業界に先駆けてモデルベース開発に対応
―――2000年代中盤の時点で、やり残していたことは何だったのでしょうか。
中原 大きく4つありました。1つ目は64ビット化。2つ目はモデルベース開発への対応。3つ目は非線形特性への対応。4つ目は自動最適化機能です。このうち1つ目と2つ目の課題は、すでに対応が完了しており、3つ目もほぼメドが立っています。残る4つ目は、これから取り組む予定です。
―――1〜3つ目の課題について、具体的にどのようなものか説明してください。
中原 1つ目の64ビット化は、世の中のパソコンの進化に追従するためのものです。現在、パソコンはほぼすべてが64ビット幅のデータを扱えるマイクロプロセッサを採用しています。しかし2000年代中盤は、64ビット化が始まったところ。それにいち早く対応する必要がありました。
2つ目のモデルベース開発は、前述の通り自動車業界では当たり前の手法ですが、ほかの業界ではほとんど浸透していません。ただし今後電源は、スマートハウスやスマートシティ、マイクログリッドなどが登場するため、間違いなくシステム化/複雑化していくことが明白でした。さらに電気自動車(EV)は「電源のかたまり」になるため、自動車と電源の両面からのモデルベース開発が必要になるはず。
つまり今後電源システムは、モデルベース開発が必要不可欠になる。そう考えて、MATLAB/Simulinkと協調させる機能をSCATに搭載しました。日本の電源分野でモデルベース開発がほとんど知られていなかったころに「電源システムにはモデルベース開発が必要」と強く言及したのは、恐らく私たちだと思います。
―――64ビット化とモデルベース開発への対応は、いつ完了したのでしょうか。
中原 64ビット化は少し遅くなりましたが、2018年頃に完了。モデルベース開発への対応はそれ以前の2009年頃に完了しました。モデルベース開発に対応するためにMATLAB/Simulinkと協調させる機能を追加したSCATは「SCALE」と名付け、計測技術研究所から販売されていたSCATとは一線を画しました。なおScideamは、私がスマートエナジー研究所に転職した後に開発されたもので、そのUIは、SCALEのUIとは次元の異なるもので、現代にマッチしたものとなっています。また、数値計算のライブラリには、SCALEのライブラリと同じものを使用しています。これは、SCATのライブラリを大幅に改良したものです。
損失一覧表を表示可能に
―――それでは、3つ目の非線形特性への対応とは具体的にどうようなものですか?
中原 SCATでは、スイッチング素子はオンとオフの2状態だけの理想スイッチとして扱ってそれぞれの状態で線形回路方程式を解いていました。しかし、このままでは電源回路シミュレータとして完成形とは言えません。この方法に当てはまらない非線形デバイスがあるからです。そこで改良を加えてパワーMOSFETや太陽電池、モーターなどの非線形デバイスに対応できるように変更しました。
この改良による効果は非常に大きかったですね。最も大きかったのは、スイッチング損失の解析が可能になったことです。スイッチング損失は、電圧波形と電流波形がオーバーラップした部分の面積になります。従って、電圧波形と電流波形の遷移状態のデータが必要です。非線形特性への対応が可能になったため、このデータを求められるようになりました。その結果、この機能と従来の高速性を利用すればスイッチング損失を含む回路全体の損失項目を短時間に解析できます。さらに、それを一覧で表示するので損失や効率に関するボトルネックが一目で把握できるようになっています。このような強力な損失解析機能を備えた電源回路シミュレータは、私の知る限り業界初です。
―――「LTSPICE」や「PSPICE」などのSPICE系シミュレータでも、回路損失は計算できなかったのですか。
中原 SPICE系シミュレータは以前から非線形デバイスが扱えたので原理的には可能だと思いますが、すべての手順を自動化したり、短時間で全損失項目を計算したりするのは困難なので、実際には上記のような損失解析機能はまだ実現されていません。
ただし、スイッチング損失は電圧波形と電流波形の解析結果からユーザーが手動で求めることは可能です。しかし手動だと、手作業も含め計算に半日程度の時間が必要です。私が開発した損失解析機能を使えば手作業不要ではるかに短時間でスイッチング損失を含む全損失項目の答えが得られます。
―――スイッチング損失解析機能は、SCALEとScideamに搭載しているのですか?
中原 現時点(2022年3月)ではSCALEのみです。Scideamには、2022年7月をメドに搭載する予定です。
最適な電源回路をツールが提案
―――4つ目の最適化機能とは、どのようなものでしょうか?
中原 それはユーザーが電源システムに関する要求仕様を記述して電源回路シミュレータに入力するだけで、回路構成や回路パラメータなどを自動的に最適化して答えを提示してくれるという機能です。ユーザーはほとんど考えなくても、最適な電源システムが短時間で設計できるわけです。当然ながら、サイズやコストなども考慮できるようにしたいと考えています。
ただし、考慮しなければならない要素が多くなればなるほど、解析の対象となる組み合わせの数は増えていきます。いわゆる「組合せ爆発」が発生してしまう。そのため組み合わせを絞り込むためにAIなどを活用する必要があるでしょう。
―――最適化機能の開発はすでにスタートしているのですか?
中原 いえ、まだです。そろそろ始めようと、準備に着手したところです。
―――いつ頃、開発は完了しそうですか?
中原 2〜3年後までに、開発のメドは付けたいと考えています。メドさえ付ければ、あとは作業するだけ。いま(2022年3月)、私は63歳。70歳までには完成すればいいなと思っています。
―――Scideam/SCALEがターゲットとする市場はどこですか?
中原 自動車分野に大きな期待を掛けています。前述のように電気自動車になれば、電源のかたまりになります。つまり電気自動車の性能を高める鍵は、電源が握っていると言っても過言ではありません。言い換えれば、電源の電力損失を低減することが重要になるわけです。Scideam/SCALEは、電力損失を低減する設計ツールとして広く使われることを期待しています。もちろん、スマートシティやマイクログリッドといった分野に対する期待も大きいです。
まとめ
日本国内の電源技術者を中心に広く活用されている「Scideam/SCALE」。
開発者である中原氏にインタビューとして、前編では、電源回路シミュレータの開発に至った経緯とこれまでの研究開発について、後編では、「究極」の電源回路シミュレータに向けて、現在取り組んでいる改良点とこれからの展望を伺いました。
▼前編:こうして「純国産」の電源回路シミュレータは生まれた
中原氏は自ら手掛けたモデルベース開発のオプションを軸に、自動車分野や次世代エネルギー分野で 「Scideam/SCALE」が広く浸透していくことを、期待されています。
スマートエナジー研究所では、お客様の開発環境を変えるツールを目指して、「究極」の電源回路シミュレータの研究に努めて参りたいと思います。
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