こうして「純国産」の<br>電源回路シミュレータは生まれた<br>Scideam/SCALE開発者の中原氏に聞く

こうして「純国産」の
電源回路シミュレータは生まれた
Scideam/SCALE開発者の中原氏に聞く

電子回路好きだからこそ思い付いた独自アルゴリズム

回路シミュレータといえば、海外で生まれたものが多い。「LTSPICE」も「PSPICE」も「PSIM」もそうです。

そうした中にあって、電源回路シミュレータ「Scideam(サイディーム)/SCALE(スケール)」は異色の存在です。開発したのは、有明高専や崇城大学で教鞭をとった中原正俊氏。

着想から独自アルゴリズムの考案、プログラミングまでをたった一人の力で成し遂げられました。いわば「純国産」の電源回路シミュレータです。当初、電源回路シミュレータの名称は「SCAT」だったが、その後さまざまな機能が追加され、現在では「Scideam/SCALE」という名前に変更されています。

そこで今回は、スマートエナジー研究所で技術顧問を務める同氏に、電源回路シミュレータの開発の経緯について聞きました。

Sideam/SCALE開発者
スマートエナジー研究所技術顧問
崇城大学名誉教授

中原 正俊

Interview

「Scideam/SCALE」の開発のキッカケ

―――電源回路シミュレータ「Scideam/SCALE」の開発に着手したキッカケは何ですか?

中原 直接的なキッカケではないのですが、中学生の頃にハマった電子工作。いま考えると、これが「電源回路シミュレーター開発のスタート地点」だったと思います。当時、トランジスタなどのディスクリート部品をかき集めて、オーディオ・アンプなどを作成していました。電子工作が本当に大好きで、寝食を忘れるぐらい熱中していましたね。

だから大学では、電子工学を学びたかった。そこで九州大学 工学部の電子工学科に進学しました。大好きな電子回路ですから、かなりしっかり勉強しました。そこで出会ったのが原田耕介教授(以下、原田先生)です。原田先生は、電源技術の世界的な権威ですが、大学では電子回路の講義を受け持たれていました。そこで4年生になったとき、「原田先生の研究室に行けば、大好きな電子回路をどっぷり勉強できる」と考え、卒業研究のため「原田研」のドアを叩き、直接の指導教官である二宮保先生にご指導いただきました。

―――原田研の研究テーマは、電源技術が中心ですよね?

中原 そうなんですよ。電子回路の研究ができると思って入ったのですが、実際に与えられた研究テーマはスイッチング電源でした。原田研に入った当時は、スイッチング電源のことをまったく知りませんでした(笑)。

電子工作の経験が活きた

―――原田研で電源回路シミュレータの開発をスタートさせたのですか?

中原 いえいえ、違います。その頃はまだプログラミングなんて大嫌いでした。まさか将来、電源回路シミュレータの開発に着手するなんて、露程も思っていませんでした。ただ、このスイッチング電源との出会いが、私を電源回路シミュレーターの開発に導いたのは間違いありません。

4年生の卒業論文では、スイッチング電源の安定性に関する研究に取り組みました。スイッチング電源はフィードバック制御を掛けるため、動作条件によっては不安定になります。例えば、負荷が変わったりすると、出力に振動波形が現れたり、動作点がポーンの飛んでしまい、うんともすんとも言わなくなる。どのような条件を満たすとこのような不安定現象が現れるのか。私は、新しい回路トポロジを考えるよりも回路解析が得意だったので、良い研究成果が得られました。研究会で発表した内容はジャーナルに掲載されました。これで研究に対して、かなり自信がつきました。

―――電子工作での経験は、スイッチング電源の研究に役立ちましたか?

中原 はい、とても役立ちました。とにかく先生や先輩の説明がよく分かるんです。その説明の端々には、専門用語がたまに出てきます。例えば、バイアス点だったり、フィードバックだったり。研究室の仲間たちには、こうした専門用語をすぐに理解できていない人もいましたが、私は中学生の頃から電子工作を経験していたので、会話にすぐに入れました。これが奏功し、研究を比較的スムーズに進められました。

―――その後は修士課程に進み、そこで電源回路シミュレータの開発に取り組んだのですか?

中原 いいえ。修士課程でも、その次の博士課程でも、電源回路シミュレータの開発には着手していません。博士課程を終えて社会に出てから、電源回路シミュレータの開発をスタートさせました。

―――修士課程と博士課程では、どのような研究に取り組んだのですか?

中原 スイッチング電源のノイズに関する研究です。指導教官は、修士/博士課程も二宮先生でした。具体的な研究内容は、フォワードコンバータのノイズの発生メカニズムを解析することです。ノイズは、スイッチのスイッチング速度や寄生容量、寄生インダクタンスが原因で発生します。そこで、それらを含めた回路方程式を立てて解析し、ノイズの発生機構を突き止めるわけです。その後、フォワードコンバータを試作して実験し、解析の結果を検証しました。ただ修士課程だけでは、ノイズの発生機構が少し分かったぐらいで時間切れになってしまいました。

そこで博士課程でも引き続き、同じテーマに取り組みました。その結果、どの回路パラメータがノイズの発生に寄与しているのか、どの回路パラメータがノイズの原因なのかを突き止めることに成功しました。具体的には、スイッチのスイッチング速度、寄生容量、トランスの漏れインダクタンスなどの値が分かれば、どのようなノイズが発生するかを理論的に把握できるようになりました。

実家近くの高専に就職

―――社会に出てから電源回路シミュレータの開発に着手したとのことですが、どこに就職されたのですか?

中原 有明高専(国立有明工業高等専門学校)です。たまたま同校の教員を募集する求人が九州大学に来ていました。実は、有明高専は実家のすぐ近くなんです。これはラッキーだと思いましたね。原田先生の推薦もあって、1986年に無事就職しました。

―――どういう経緯で、有明高専で電源回路シミュレータの開発を始めることになったのでしょうか?

中原 有明高専での研究テーマを何にするか。まずはそれを決めなければなりません。そこで思いついたのが、ゼロ電圧スイッチング(ZVS)やゼロ電流スイッチング(ZCS)といった共振型コンバータの解析です。共振型コンバータは当時、電源研究者の間で流行っていた技術です。

この電源回路は、L(インダクタ)やC(キャパシタ)を使って共振現象を発生させ、電圧や電流がちょうどゼロになったときにスイッチングを実行するというもの。このためスイッチング損失を理想的にはゼロに抑えられます。つまり高い電源特性が得られる。ところが、電源回路の動作解析が非常に難しいのです。

一般に、ハードスイッチングのスイッチング電源を解析する際は、定番である状態平均化法を使います。しかし共振型コンバータは、この方法では解析できません。私はそもそも新しい電源回路トポロジーを考案するより回路解析が得意。そこで解析方法の研究に取り組みました。そして最終的に開発したのが「拡張状態平均化法」です。

ところが、この拡張状態平均化法でも、共振型コンバータの標準的な回路しか解析できないんです。標準的ではない回路の中には難しすぎて、解析できないものがある。でもコンピュータを使って数値解析を実行すれば可能です。そこで、拡張状態平均化法の開発の直後に、共振型を含めたさまざまな回路構成のコンバータを高速に解析できるコンピュータ・アルゴリズムの研究に着手したわけです。1988年頃の話です。これが電源回路シミュレータ開発の直接的なキッカケと言えるでしょう。

―――なぜ、共振型コンバータの回路解析は難しいのですか?もう少し簡単に教えて下さい。

中原 実際には、共振型コンバータの動作を回路方程式に落とし込み、それを解いて結果を数式で表すわけですが、どうしても数式で表せない回路があるのです。なぜならば、回路方程式が複雑すぎるからです。

スイッチング電源にはオン期間とオフ期間があります。そのオン期間とオフ期間の動作を記述した回路方程式をそれぞれ立ててつなぎ、オン期間とオフ期間を平均化して1つの回路方程式にまとめるわけです。これが状態平均化法です。この方法は、ハードスイッチング方式のようにLとCが大きければ、比較的簡単に解くことができます。ところが小さなLとCが存在する共振型コンバータは解けません。一方で、私が開発した拡張型状態平均化法を使えば、標準的な回路構成の共振型コンバータは解析できるのですが、標準的ではない回路構成の中にはどうしても解けないものが出てきてしまいます。

お小遣いをすべてつぎ込んだ

―――1980年代後半であれば、カリフォルニア州立大学バークレー校で開発された回路シミュレータ「SPICE」がすでに実用化されていたと思いますが、それは使えなかったのですか?

中原 確かに、SPICEはすでに存在していました。しかし、当時はとても高価だったうえに、簡単に入手できませんでした。しかも、計算速度がとにかく遅い。そこで自分で、パソコンでも高速に解析できるアルゴリズムを開発することにしたのです。

まずは回路解析のアルゴリズムを考案し、BASIC言語を使ってプログラムを組みました。つまり、初期段階の電源回路シミュレータを作成したわけです。これをパソコンで動かしたところ、答えがすぐに出る。SPICEよりも圧倒的に速かったです。

―――プログラミングは大嫌いだったはずですが、それはどうやって克服したのですか?

中原 その当時もまだプログラミングは苦手で、その作業は正直なところ楽しくありませんでした。ただ、開発したアルゴリズムを学会で発表するだけでは意味がなく、机上の空論では終わらせたくありませんでした。もちろん、高専の先生の仕事としては、アルゴリズムの論文を書けば終わりです。しかし、それだけでは面白くありません。実用化して、社会の役に立ちたい。そのためには考案したアルゴリズムをプログラミングしてソフトウエア化(ツール化)しなければならない。

そこでプログラミングは苦手でしたが、猛勉強しました。電源技術以上に勉強しました。正直なところ、1989〜1992年頃はソフトウエアの勉強ばかりで、電源技術は一切学んでいなかったと思います(笑)。そうしたら不思議なもので、プログラミングがだんだん好きになってきた。最終的には、「自分の性に合うなぁ」と感じるまでになりました。

―――どうやってプログラミングを勉強したのですか?

中原 誰かに教えてもらったわけではなく、完全に独学です。お小遣いはすべてプログラミングの教科書につぎ込みました。何十冊もの教科書を購入し、それらを読破してプログラミングの方法を身に付けました。

―――その後、電源回路シミュレーターのプログラムはどのようにブラッシュアップしていったのでしょうか?

中原 まずは、BASICで書いたプログラムをTurbo Pascalに移植しました。Turbo Pascalを選んだのは、大学のときに授業でPascalを学んだからです。その後、オブジェクト指向言語であるC++に移植しました。

ただ、この時点では開発したシミュレータに回路図エディタがなかったので、電源回路のネットリスト(回路接続情報)はユーザー自ら記述しなければなりませんでした。さらにLとCは合計で4個が上限という課題を抱えていました。それでも、伝達関数や周波数特性などを算出することが可能でした。

実際に、この電源回路シミュレータを九州大学などの研究仲間に配って使ってもらったんです。そうしたらかなり高い評価がもらえた。がぜんやる気が高まりましたね。

ついに開発が本格化

―――電源回路シミュレータのブラッシュアップについて、もう少し詳しく説明してください。

中原 実は、1993年に大きな転機を迎えました。恩師の原田先生が熊本工業大学(現在の崇城大学)にエネルギーエレクトロニクス研究所(EE研究所)を立ち上げることが決まり、そこのメンバーとして誘われたのです。もちろん、二つ返事で引き受けました。

ここからですね、電源回路シミュレータの開発が本格化したのは。「ここまで出来上がった電源回路シミュレータの開発を最後までやり抜くんだ」。そう決意しました。この結果、電源回路シミュレータの開発は私のライフワークになりました(笑)。

ブラッシュアップについてですが、まずは当時抱えていた課題の克服に取り組みました。その課題とは、シミュレーションできるのは単純な電源回路に限られていたことです。実際に、電源回路シミュレータを使ってもらった電源研究者たちからも「汎用的な電源回路も解析できるようにしてほしい」という声が数多く聞こえてきました。ただ、それと引き換えに、もともと備えていた高速性は犠牲にしたくない。高速性はそのままに、シミュレーションできる電源回路を広げることを目指したわけです。

エネルギーエレクトロニクス研究所

―――実際には、この課題をどうやって解決したのでしょうか?

中原 課題解決に必要な「材料」をいくつか開発しました。1つは、「独自回路トポロジー解析法」です。一般に回路図エディターで書いた電源回路からネットリストを抽出し、そこから回路方程式を立てます。しかし、よく知られている方法だと融通が利かないんです。高速化に必要な回路情報が得られない。そこで、ユーザーが自由に電源回路からネットリストを抽出し、回路方程式を立てられる独自のアルゴリズムを開発しました。

ただし、独自回路トポロジー解析法の開発だけでは、解析精度を高めると速度が遅くなるという課題は解決できません。解析精度と解析速度はトレードオフの関係にあります。この関係をいかに打破するのか。解決策がなかなか出てこない。

そんなとき急に、「自動可変ステップ時間アルゴリズム」という手法を思い付いたんです。本当に、上から下りてきたという感覚でした。この手法は、電源回路シミュレータの計算ステップ時間(以下、ステップ時間)を可変にするというものです。これを使えば、精度、速度、収束性のトレードオフ関係を打破できます。

―――当時、自動可変ステップ時間アルゴリズムはまったく新しい考え方だったのですか?

中原 ステップ時間を可変にすること自体は、みんな知っていました。問題は計算アルゴリズムに最適なステップ可変をどうやって実現するかです。うまく調整しなければ適用できません。その方法を突然思い付いたわけです。この方法を用いることにより、高精度、高速、高安定という三拍子そろった電源回路シミュレーターを実現できました。

いまもなお進化の過程

―――開発していた電源回路シミュレータは、いつ販売が始まったのでしょうか?

中原 1994年に電源回路シミュレータを「SCAT(スキャットと発音)」と名付け、1995年頃に計測技術研究所から販売が始まりました。

SCAT 高速回路シミュレータ

―――ユーザーからの反応はいかがだったのでしょうか?

中原 ユーザーの皆さんからは、たくさんのフィードバックをもらいました。例えば、「こういう素子を使えるようにしてください」「新しい電源制御方式に対応してください」「機能を拡張してください」などです。もちろん、こうしたユーザーの声を聞いて、改善すべき点はすぐに対応しました。しかし、改善作業は、大学の業務中には取り組めません。研究ではないので大学の仕事ではなく、個人の仕事だからです。このため休日や仕事が終わってから、改善作業を進めていました。正直なところ大変でした。

 ただ、アルゴリズムの新規開発や改善については、研究論文による発表を前提に、大学の仕事として取り組んでいました。しっかり、けじめをつけて取り組んだつもりです。

―――SCATの開発は、いつ終わったのでしょうか?

中原 開発はまだ終わっていません。現在もなお進化を続けています。何しろ、ライフワークですから(笑)。

SCATの販売を始めた後は、ユーザーの声に対応すると同時に、新しい機能の追加に取り組みました。例えば、2004年には「高速周波数特性解析法」を追加しました。この機能は、フィードバックループの周波数応答特性(ボーデ線図)を高速に求めるもので、電源制御の安定性の向上に寄与します。2009年には「デジタル制御解析機能」を搭載しました。マイコンやDSPの進化が急で、さまざまなデジタル処理が可能になっており、電源技術もこの大きな流れに飲み込まれる。将来はデジタル制御になると確信しました。このため電源回路シミュレータも、マイコンやDSPを使った制御に対応する必要があると考え、その機能を搭載しました。

―――その後、2018年に崇城大学を辞められて、スマートエナジー研究所に転職されています。

中原 助教授から教授に昇進したあたりから、果たすべき業務の増加などもあり、だんだん研究に取り組める時間が少なくなってしまいました。しかし、電源回路シミュレータの開発はライフワークですから、何としても完成度を高めていきたい。そのためには研究に集中することが必要だと考え、2018年に崇城大学を辞めてスマートエナジー研究所に転職し、電源回路シミュレータの開発に打ち込める環境に飛び込む決断を下しました。ですので、電源回路シミュレータはいまもなお進化の過程にあります。

まとめ

電子回路シミュレータの開発は、ライフワークと語る中原氏。

そのきっかけは電子工作に没頭した中学時代に遡り、予期せぬ出会いだった大学時代のスイッチング電源の研究が電源回路シミュレーターの開発に導いたと仰います。
研究に研究を重ね、当初の電源回路シミュレータ「SCAT」は着想から独自アルゴリズムの考案、プログラミングまでをたった一人の力で成し遂げられました。

さまざまな機能が追加され、現在では「Scideam/SCALE」という製品で幅広いお客様にご利用いただいております。

「Scideam/SCALE」 は今もなお、進化の過程にあると仰います。
後編では、「究極」の電源回路シミュレータに向けて、更なる改良のため研究開発を進める中原氏の具体的な取り組みをインタビューしておりますので、お楽しみに。

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スマートエナジー研究所

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