GaNモデルのシミュレーション比較
第3回DCDC降圧型コンバータ回路の比較
前回までに、LTspiceとScideam(サイディーム)のスイッチング速度とスイッチング損失について双方のGaNモデルが概ね同等であることが確認できました。
今回は、もう少し実用的にDCDC降圧型コンバータのモデルで双方の波形とスイッチング損失を比較し、合わせて解析速度や自動ソルバ設定の時間刻み幅にも着目したいと思います。
Scideamの回路モデルはサンプルもございますのでお試しください。
第2回ではダブルパルステスト回路を作成し、LTspiceとScideamのスイッチング損失を比較しておりますので併せてご覧ください。
スイッチング波形の比較
第2回で作成したダブルパルステスト回路を修正し、図1の様な簡単なDCDC降圧型コンバータに作り替えます。
通常の損失解析は定常状態で行うので、シミュレーション時間をダブルパルステスト回路の5usから5msに変更してシミュレーションを実行します。
まずは、図2のようにターンオン波形を拡大して、スイッチング時間と損失を計測します。
ターンオン時のピーク電流値はLTspiceがScideamより大きくなっていますが、これは、第1回で調べたようにLTspiceのターンオン時間がScideamよりかなり短く急峻なためだと考えられます。これに伴って損失電力のピーク値もLTspiceの方が大きくなっていますが、損失の発生期間はLTspiceの方が短いので積算値はほぼ同じになっています。
同様に図3のようにターンオフ波形も計測します。
ターンオフ時の損失波形は多少のニュアンスの違いは見られますがほとんど同じになっていることが分かります。ターンオン時およびターンオフ時のスイッチング損失の積算値を合計するとLTSpiceが32.21uJ、Scideamが31.63uJとなりました。
以上のように、この回路モデルのシミュレーション結果も、スイッチング時間、スイッチング損失共にほぼ同等であることが確認できます。
解析時間の比較
シミュレーション時間を5usから5msに延長したことで、予想通りに解析時間が長くなったので、双方の解析時間についても比較してみたいと思います。
Scideamでは、”Waveform Start Time”を設定することで、過渡応答は理想解析を行い、指定した時間から詳細波形解析を行うことができるので大幅な時間短縮が可能です。
一方のLTspiceには同様の手法がなく、いくつかの方法を検討した結果、”Maximum Timestep” (最大時間刻み幅)を”Auto”(未設定)に変更した場合に、最も解析時間が短縮されることがわかりました。
表1-aはLTspiceの”Maximum Timestep”をメーカーサンプル設定値の”0.1n”から”1n”と”Auto”に変更した場合の解析時間とスイッチング損失の変化を纏めたものです。今回のシミュレーションモデルでは、”Maximum Timestep”を”0.1n”から”Auto”に変更してもスイッチング損失への影響が小さく、精度面においても問題ないと言えるので、”Auto”設定の3分5秒を解析時間の比較対象とします。
表1-bの通りScideamには特に最大刻み幅等の設定は必要なく、わずか3秒で解析が完了し、LTspiceの60倍速く結果を得ることができます。
【表1】 解析時間とスイッチング損失の比較
【表1-a】 LTspice解析結果
Maximum Timestep | 解析時間 | スイッチング損失 | 備考 |
---|---|---|---|
Auto | 3分5秒 | 32.21uJ | |
1n | 9分27秒 | 32.21uJ | |
0.1n | 38分29秒 | 32.22uJ | メーカーサンプル設定値 |
【表1-b】 Scideam解析結果
Maximum Timestep | 解析時間 | スイッチング損失 | 備考 |
---|---|---|---|
なし | 3秒 | 31.63uJ | 最大刻み幅等はモデルに合わせて自動設定 |
最大刻み幅とは別に、LTspiceの時短方法として”.save”コマンドで1スイッチの電圧と電流を絞ることで解析時間を短縮することができましたが、最大刻み幅の”Auto”設定と合わせて複数ノードと部品を選択した場合は、逆に解析時間が長くなりました。
時間刻み幅について
今回の回路では、最大ステップ時間を変更してもスイッチング損失には影響が出ませんでしたが、”Maximum Timestep”を“Auto”にした場合、最小ステップ時間も大きくなってしまう可能性があります。
表2と表3は、両ツールのデータ点をCSV形式で出力し、時間列を元に最小ステップ時間と最大ステップ時間を算出してまとめたものです。この結果からScideamでは最小ステップ時間は-18乗というかなり微小な単位で解析されており、LTspiceで、同等の精度で解析を行いたい場合は、”Maximum Timestep”は”Auto”ではなく適切な値に設定する必要があることがわかります。
【表2】 Scideamの最小ステップ時間と最大ステップ時間
Maximum Timestep | 最小ステップ時間 | 最大ステップ時間 |
---|---|---|
Auto | 9.5e-18[s] | 1.4e-08[s] |
【表3】 LTspiceの最小ステップ時間と最大ステップ時間
【表3-a】パルスのエッジ設定 1e-21
Maximum Timestep | 最小ステップ時間 | 最大ステップ時間 |
---|---|---|
Auto | 1.0e-14[s] | 2.3e-07[s] |
1n(1e-9) | 2.7e-15[s] | 1.0e-09[s] |
0.1n(1e-10) | 6.9e-17[s] | 1.0e-10[s] |
0.01n(1e-11) | 6.0e-17[s] | 1.0e-11[s] |
【表3-b】パルスのエッジ設定 1e-24
Maximum Timestep | 最小ステップ時間 | 最大ステップ時間 |
---|---|---|
Auto | 解析不可 | – |
1n(1e-9) | 4.1e-16[s] | 1.0e-09[s] |
0.1n(1e-10) | 3.0e-13[s] | 1.0e-10[s] |
0.01n(1e-11) | 4.2e-14[s] | 1.0e-11[s] |
この検証において、Scideamのパルス素子は理想的なパルス信号を生成するので、条件を合わせるためにLTspiceのパルスのエッジ設定は可能な限り短くなるよう設定を確認する必要がありました。結果として、1e-21s程度で最も精度が高く、1e-24sまでパルスのエッジ設定を短くした場合は逆に精度が落ちてしまいました。
パルスのエッジ設定が1e-21sの場合、メーカーサンプル[1]の設定値である”0.1n”で、最も最小ステップ時間が短く、高い精度で解析されることがわかりました。
Scideamでは難しい設定を必要とせず、熟練者でなくても高速かつ精度の高い解析が可能ですが、LTspiceでは自由に設定を行える反面、今回のように適切な設定を検討するためにはかなりの時間を要するため、それらの試行錯誤の工程もあらかじめ念頭においておく必要がありそうです。
Scideamの損失解析
今回の記事では、LTSpiceとのGaNモデルの比較をテーマとして、詳細波形の積算値からスイッチング損失の計測を行いましたが、Scideamでは損失解析を実行すればこれまでの面倒な計測を行わずとも、”Power”モードで解析を実行すれば回路全体の損失リストを1クリックで取得することができます。損失解析を行った結果をエクスポートすれば、Excel等で図4のようなグラフの作成に活用できます。
本連載記事で使用するサンプル回路をダウンロード可能です。
是非ご利用ください。
回路モデルは「BuckConv_GS66508T.scicir」です。
本モデルは、パワエレ向け高速回路シミュレータScideam(サイディーム)で動作可能です。
本記事のモデルは以下からダウンロードしてください。
まとめ
DCDC降圧型コンバータのスイッチとしてGaNモデルを使用した場合も、LTspiceと同等の波形が出力され、スイッチング損失も概ね一致することが確認できました。
合わせて、ScideamのGaNモデルは、再現性が高くスイッチング特性の高速なシミュレーションが可能で、回路全体の損失解析も簡単に行うことができます。
次世代スイッチング電源の設計にも、ぜひ、Scideamをご活用ください。
参考文献
[1] “GN008 Application Note LTSpiceを用いたGaNのスイッチングロスのシミュレーション“ GaN Systems Inc.
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